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厄除け

川崎大師平間寺

川崎大師平間寺

川崎大師平間寺は、今から約880年前の大治3年(1128)、平間兼乗という武士と高野山の尊賢上人が力を合わせて建立されました。御本尊は兼乗が夢のお告げにより大師の沖の海中より発見したとされる「弘法大師」像です。この弘法大師像は「厄除大師」として、もろもろの災厄をことごとく取り除く霊験あらたかなことで有名です。
厄除けのお参りの際には護摩札をいただきます。護摩とは、梵語でホーマ(Homa)といい仏の智慧の火をもって煩悩を焼き尽くすという意味があります。御本尊の前に設けられた護摩壇では、厳粛な真言密教に則り、斎戒沐浴して心身を清めた導師がの炉の中で護摩木を焼いて弘法大師ご供養をします。この護摩によって参拝者の煩悩を焼き清め、大厄を消除し、家内安全、商売繁盛、病気平癒、心願成就など開運の祈願が行われます。護摩札は、弘法大師の功徳と浄僧が祈る功徳、そして参拝者の清らかな信仰の心がひとつに溶け合い、厳しい護摩の修法によって加持された結晶なのです。
平成26年は、10年に一度の大開帳の年です。大開帳の期間中(5月1日〜31日)は、参詣者に護符「赤札」が授けられます。この赤札をいただけば無量の功徳を授かると、古くから伝え信じられています。

厄除け

馬頭観音

馬頭観音

川崎大師の表参道を進み、左手にある小さなお堂に祀られているのが馬頭観音です。馬頭観音は200年以上前の作と伝えられている木像で す。
この辺りは、その昔、川崎大師参詣の際の馬止めの場所であり、暴れ馬でさえ綱一本でつなぎとめられ、おとなしく待っていたことから、赤い布に好きな人の名前を書いて奉納すると縁が結ばれる、という信仰が生まれました。今日も、お堂の格子に良縁を祈願する人びとが赤い布を結んで行く姿が見られることでしょう。

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金山神社

金山神社

金山神社は若宮八幡宮の境内にあります。祀られているのは金山比古神と金山比売神という2体の神様です。昔イザナミノミコトが火の神様を出産した際に、ニイザナミノミコトが大やけどを負ってしまい、それを看病して回復させたのがこの両神様だといわれています。それにより金山比古神と金山比売神は、鍛冶屋と子宝、夫婦円満の神様として崇め奉られるようになったそうです。金山神社で有名なのが「かなまら祭り」です。御神体は金属製の男根で、「かなまら様」(金魔羅様)とも呼ばれていることから、この名が付いたそうです。毎年4月の第1日曜日に開催され、子孫繁栄や子授け、夫婦円満を祈願する人びとなどで毎年賑わいを見せています。

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しょうづかの婆さん

しょうづかの婆さん

川崎大師の西解脱門への道沿いに「しょうづかの婆さん」と呼ばれる像が祀られています。「しょうづか」とは「葬頭河(そうづか)」がなまったものとされ、三途川(葬頭河)の渡し賃である六文銭を持たずにやってきた死者の衣服を剥ぎ取るの「奪衣婆(だつえば)」のことをいいます。江戸時代末期には「しょうづかの婆さん」は民間信仰の対象とされ、奪衣婆を祭ったお堂などが建立されました。
「しょうづかの婆さん」にお参りすれば、容貌が美しくなると言い伝えられています。「しょうづかの婆さん」の前を通り過ぎてしまう人も多いようですが、ぜひ美容・美貌祈願に訪れてはいかがでしょう。

厄除け

だるま

だるま

川崎大師名物ひとつで縁起物の代表が「厄除・開運だるま」です。
だるまは江戸時代の頃、疱瘡除け、魔除けの力がある玩具として子供への病気見舞いとして格好の品であったそうです。時代は進み、厄除け、家内安全、商売繁盛、五穀豊穣祈願などの縁起物として庶民の間で流行するようになり、1年ごとに一廻り大きなだるまに買い替えていく慣習も生まれ、日本人の心の支えとして定着していきました。
だるまの赤い色と姿は、川崎大師平間寺の厳粛な密教儀式である「お護摩焚き修行」での護摩焚きの燃えさかる火を表し、上へと昇る火のように運気上昇の願いがこめられています。また、邪悪なものを焼き払い、人びとの煩悩を消滅させる火も意味しています。
祈願の初めに男性は左眼、女性は右眼を書き入れ、願いがかなったときに両目を入れて開眼し満願成就を果たすのが、大師のだるま独特の慣習だそうです。
川崎大師平間寺では、毎年12月のご縁日「納めの大師」で、だるまのお焚き上げ供養が行われます。

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